2014年6月26日

フランシスコ教皇を称賛するMVが作られる。

アン·ソンギ、キム·ヒエ、キム·テヒ、キム·ハヌル、ミンジョン、キム·ガンウ、イ·ユンジ、キムウビンなどトップスターたちがフランシスコ教皇訪韓を記念して、ミュージックビデオを撮影した。 

カトリック信者でもあった彼らは、今年8月、フランシスコ教皇訪韓を迎え、これを記念して曲を作り、ミュージックビデオを撮影した。ソウル明洞聖堂で行われたミュージックビデオの撮影は、PSYの「HANGOVER」を演出したチャ·ウンテク監督が引き受けている。



関連の記事>> 1. 「アン·ソンギ、キム·ヒエ、キム·テヒ トップスター教皇訪韓記念MV撮影」(ニュースエン)(韓国語) 
2. 「[単独]アン·ソンギ、ヒエ、キム·ハヌル、キム·テヒ····、訪韓教皇のために団結」(スポーツ東亜)(韓国語)

*カトリックの異端的特徴を最もよく示しているのが、人を偶像化させることである。イエスの母マリアは、罪なしで生まれ、生涯処女で生きた後、天に昇り、イエスと同じ「共同贖罪」をされると主張する。信仰の業績を残して死んだ人々に「聖人」という称号を与え、また、別の信仰の対象とする行為。そして、カトリックの首長である教皇に「神の代理人」という称号を与えて、信仰の対象とする行為は、その代表的な事例ということができる。

出エジプト記20章に登場する十戒の第一戒と 第二戒は、「偶像崇拝」を禁止した言葉である。 「 あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない(3節)」「 あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。上の天にあるものでも、下の地にあるものでも、地の下の水の中にあるものでも、どんな形をも造ってはならない。 それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない(4,5節)」。私たちが造ってはならない偶像の一つが、「人」という偶像である。

興味深いのは、「偶像に仕えてはいけない」は、十戒の言葉をイスラエルの民に伝えたモーセを、神がカナンの地を目前にして連れて行かれたという事実である。荒野の40年間に、大きく奇跡的にイスラエルの民を導いたモーセが、カナンの地に共に入ることになると、モーセが偶像の対象になることがあることを知っていたので連れて行かれた神である。 (もちろん、表向きの理由は、モーセがメリバ池で、神の栄光を遮ったためと記録されている。)

モーセという偶像が崩れなければ、ヨシュア(イエス)が働くことができないのだ。

しかし、人を偶像化するのは、カトリックだけの問題ではない。韓国の大型教会でよく見られる牧師崇拝は、カトリックの法王を崇拝する姿と大きく変わらない。教会の中では、牧師という偶像、教皇という偶像が崩れて初めて、私たちの信仰は正しく立つことができるだろう。

大衆的な人気を土台に、フランシスコ教皇がカトリック教会だけでなく、全世界的に、ある種のアイコン(偶像)となってきている。



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