2014年4月17日

セウォル号の惨事が残す厳しい教訓


昨日( 416日)の午前9時ごろ、仁川(インチョン)から出発して済州島に向かっていた旅客船セウォル号が、全羅南道珍島郡沖で沈没した。修学旅行中だった高校生など475人が乗船した船で、現在179人が救助され、 6人の死者と290人の行方不明者が発生した。


いくつか事故の原因が推測されている中、「北朝鮮のテロ」、15日の「テトラッド( four blood moons ) 」、あるいは、1912414日に発生した「タイタニック事故」と関連付けようとする陰謀論まで提起されている。しかし、この残念な事件の前に根拠が薄い陰謀論を突きつけるのは、事故を経験した当事者や家族に対する礼儀ではないだろう。

犠牲者の中の多くは、済州島への修学旅行中に乗船していた高校生だったというが、個人的に 二人の高校に通う子供を持つ親として、この事件が他人事のようには思われなかった。

胸が詰まって動揺してしまう事件だが、患難と審判の時を控えている聖徒として、この事件を通して、私たちが考察するべきいくつかの教訓があるので考えて見ようと思う。


1. 滅亡の日は突然来る。

友達との楽しい旅を楽しみにしていた学生が、不慮の事故に会い、生死すら確認されていない残酷なことを経験している。残念なことだが、これは誰にでも起こりうることでもある。 「この世に来るときは順番があっても行く時は順序がない」という言葉がある。死が他人事のように考えられていても、思いもよらない時間に終わりの瞬間が訪れることがあるという意味である。

教会の携挙を説明する第一テサロニケ53節でも、「 人々が「平和だ。安全だ。」と言っているそのようなときに、突如として滅びが彼らに襲いかかります。ちょうど妊婦に産みの苦しみが臨むようなもので、それをのがれることは決してできません」とあります。突然、予告なしに訪れることがあるので、常に準備する心が必要である。

知恵の王ソロモンは、「 知恵ある者の心は喪中の家に向き、愚かな者の心は楽しみの家に向く」 ( 傳道の書7:4 )と言った。心を喪家に向ける、つまり、いつでも終わりの瞬間が訪れることを悟って、これを準備して生きることが知恵という。

本当に死ぬ準備ができていないならば、本当に生きて行く準備もできていないということだ。


2. 無能な指導者が惨事を招いた。

事故の経緯を把握する過程で、船を運転していた船長に対する非難が高まっている。濃い霧の中で無理に航海を強行した事実、時間を短縮するために定められた航路を外れ、別の道で船を運転した事実、やはり時間を短縮するために猛スピードで船を運転したと疑われる状況、そして事故が発生したとき、乗客には「動かずにじっとしていなさい」という指示を出して、自分は機関長と共に、最初に船を脱出したという事実が知らされて公憤を買っている。

個人的な未熟さと時間を短縮するという欲のために事故を招いてしまい、事故が発生すると、最初に生きようと船を抜け出してきたキャプテンの姿は、映画タイタニックで、乗客を生かすために最後まで最善を尽くし、自分の責任を痛感し、船と共に殉職した船長の姿とはあまりにも比較ができない差のようだ。

よい船長(指導者)に会わなければならない。学生はよい先生に会わなければならず、患者はよい医師に会わなければならず、国民はよい大統領に会わなければならない。最後の時になると、聖徒たちは霊的な船長(指導者)である牧者をよく会わなければならない。神の言葉から脱して「横道に反れてもソウルだけ行けばいい」という考えで「他の道 」を教える牧師、欲に目がくらんで滅亡という暗礁が目の前に迫っていることに気付かない無知な羊飼い、船(教会)が沈んでも、自分だけ生きればいい、という考えを持つ雇い人羊飼いに警戒しなければならない。


3. あなたがたも悔い改めなければならない

ルカの福音書13章で、ある日、弟子たちが訪ねてきて、シロアムの塔が崩れた事故で死んだ18人の死は何のためだったかと質問をしたとき、イエスはこう言われた。

シロアムの塔が倒れ落ちて死んだあの十八人は、エルサレムに住んでいるだれよりも罪深い人たちだったとでも思うのですか。そうではない。わたしはあなたがたに言います。あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます 」 (ルカ13:4,5 )。

罪と審判を機械的に結びつける不適切な因果応報の思想を持っていた当時の弟子たちと、エルサレムの人々に向かって、「あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます」と、厳しい言葉を与えた。

セウォル号の惨事を通して、私たちが受けなければならない教訓がこれである。今日、彼らに訪れた災いが、近いうちに我々が経験する災害を警告しているのだ。この警告を心に留めて聞かなければ、不慮の事故でこの世を去った残念な死が無駄に犠牲になってしまうだろう。

審判という暗礁にぶつかって沈没している世界から抜け出さなければならない。今は悔い改めて神の国を眺める時なのである。

最後に、船が沈没する最後の瞬間まで、一人でも多く生かすために命をかけた救助隊員の英雄的な活動が話題になっている。私たちも「 イル・ハヘレス 」のような世界で、滅びの道を歩んでいる魂の一人でも多くを救うため、最善を尽くさなければならない。これが最後の時を生きる私たちの使命なのである。


この時刻にも生存者がいるという希望を捨てずに、冷たい海に飛び込んだ救助隊員たちの苦労と、どうにかして生きて帰ってくるように願う家族と国民の切実な願いが無駄にならないことを祈ってみる。

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