2014年7月22日

蛇のようにさとく

先日、インドのブッダガヤにあるマハーボーディー寺院で、賛美歌を歌ったり、祈りを捧げたりするクリスチャンの姿のYouTube映像が広まって、他宗教の信者、特に仏教の人々から反発を買っている。このような社会的な反発が、その間に消えていった「差別禁止法」を復活させる契機となっており、懸念を生じている。 
「仏教とカトリック、プロテスタント、円仏教など4大宗教は、最近一部のプロテスタント信者が、インドの仏教寺院で宣教行為をしたのと関連して17日、私たちの社会の和合のための仮称「宗教平和法および差別禁止法」の制定を促した。

実践仏教全国僧会と円仏教社会開びゃく教務団、全国牧師の定義平和協議会、カトリック正義具現全国司祭団はこの日、韓国キリスト教会館で記者会見を行い「認定と尊重がない布教行為はまた別次元の暴力」としながら法制定の必要性を強調した。 」 
ソース>>「4大宗教、「宗教平和法および差別禁止法」の制定を促す」(聯合ニュース)(韓国語)。


宗教的な問題だけでなく、私たちの社会に存在する経済的弱者と少数民族、そして同性愛者のような性的少数者を差別してはならないという内容を盛り込んでいる「差別禁止法」が可決された場合、他の宗教信者に伝道をしたり、イエス·キリストが唯一の救い主だという主張をしたりすると、すぐに犯罪者とされる。また、性的少数者を差別してはならないという規定により、「同性愛は罪」と説教する牧師は、法的な制裁と罰則を受けることになる。 

マタイの福音書10章で、イエスが十二弟子を選んで、彼らを使徒と名づけ、二人ずつペアになって伝道のために遣わせながら、「 いいですか。わたしが、あなたがたを遣わすのは、狼の中に羊を送り出すようなものです。ですから、蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい」(マタイ10:16)と言った。伝道とは蛇のように狡猾な人との霊的な戦いだからこそ、この戦いに臨む人たちにも、蛇のような知恵が必要だったのである。

純粋な情熱だけでNaiveに行った行動が、最終的にどのような結果をもたらしているかを振り返らなければならない。最後の時代に、神の使命を果たす必要がある聖徒たちに必要なのが、「蛇のような知恵」である。


http://japanese412.blogspot.com/2014/07/blog-post_2813.html

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