2014年3月11日

ダライ·ラマが米議会の開会祈祷を行った 。



ダライ·ラマが先週の木曜日、米議会で議会開始の祈りを捧げた。英語と母国語で、祈りの言葉を次のように読み上げた。


「私は、ただの仏教の僧侶であります。今、仏と他の神々に祈ります。私たちの世界は、私たちの考えからできています。私たちの思考が根本であり、行動に先立っています。純粋な意思で述べ行動しましょう。そうすれば、幸せが訪れ、それは自分の陰のように決して去ることはありません。この世に喜びと祝福、そして精神的な豊かさがありますように。このように私は毎日祈っております、なぜなら内面の強さが与えられるからです。」

議会の牧師( Chaplain )であるBarry Blackは、自分が出席できない場合、多くの場合は宗教指導者を招待し、議会の開会祈祷をお願いしているが、ダライ·ラマを招待したのは今回が初めてだという。


* 清教徒の信仰に建国された​​アメリカの伝統の一つは、国の重要な決定を下す議会を始める前に、神の御心と助けを求める祈りを捧げることだった。こうして始まった祈りの集いが今、その意味が変質されて、宗教の調和(宗教統合)の象徴的な集いに変わっているようだ。

国の重要なことを決定する前に、へりくだって神の前にひざまずいて助けを求めていた米国が、今ダライ·ラマを求めて仏に祝福してもらうことを求める国になってしまったのだ。


不信者と、つり合わぬくびきをいっしょにつけてはいけません。正義と不法とに、どんなつながりがあるでしょう。光と暗やみとに、どんな交わりがあるでしょう。 キリストとベリアルとに、何の調和があるでしょう。信者と不信者とに、何のかかわりがあるでしょう。 神の宮と偶像とに、何の一致があるでしょう。私たちは生ける神の宮なのです。神はこう言われました。「わたしは彼らの間に住み、また歩む。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。 2コリント614-16節)


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